なぜ「報連相」だけでは事故は防げないのか|レジリエンスエンジニアリングから考えるインシデント文化
訪問看護におけるインシデント・アクシデントの根本対策は、「報連相の徹底」だけでは不十分です。日本医療安全調査機構の報告(2024年)によると、在宅医療における有害事象の約62%は「個人のミス」ではなく「システムの脆弱性」に起因しており、報告を増やすだけでは事故は減りません。エリック・ホルナゲルが提唱するレジリエンスエンジニアリング(RE)の「Safety-II」アプローチは、「なぜ失敗したか」ではなく「なぜ日常的にうまくいっているか」に注目し、成功のメカニズムを強化することで安全性を高める方法論です。
私たちFootageでは、臨床推論文化をベースに「なぜそう判断したか」をチーム内で共有する仕組みを構築し、インシデント報告だけでなく「成功事例の共有」にも注力しています。
この記事でわかること
- 従来の事故対策(Safety-I)の限界と訪問看護での実態
- レジリエンスエンジニアリング(Safety-II)の4つの能力
- 訪問看護の現場でSafety-IIを実践する具体的方法
- 「ヒヤリハット報告」から「成功事例共有」への転換
- Footageの安全文化構築の実践例
Q: なぜ「報連相の徹底」では事故は減らないのか?
従来の安全対策(Safety-I)は、「事故が起きたら原因を分析し、再発防止策を講じる」という事後対応型のアプローチです。しかし、訪問看護の現場では以下の理由でSafety-Iの限界が見えています。
Safety-Iの3つの限界
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環境の変動性:訪問看護は毎回異なる家庭環境で行われ、マニュアル通りにいかない場面が常態。日本訪問看護財団の調査(2023年)では、訪問看護師の87%が「マニュアルにない判断を日常的に行っている」と回答
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報告バイアス:ヒヤリハット報告件数は実際の発生件数の約30%にとどまる(医療安全推進者ネットワーク2023年報告)。報告しても対策が見えないと報告意欲が低下する
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個人責任への帰着:「注意が足りなかった」「確認を怠った」で終わる分析は、同じ環境要因による再発を防げない
ホルナゲルは著書『Safety-II in Practice(2017)』で、「安全とは事故がない状態ではなく、日常業務がうまくいく頻度を最大化すること」と定義しました。この視点の転換が、訪問看護の安全文化を変革する出発点です。
Q: レジリエンスエンジニアリング(RE )の4つの能力とは?
REは、組織が持つべき4つのコア能力を定義しています。訪問看護ステーションに当てはめると以下のようになります。
REの4つの能力と訪問看護への適用
| RE能力 | 定義 | 訪問看護での実践例 |
| **予見する力(Anticipate)** | 潜在的なリスクを事前に察知 | 利用者の状態変化の兆候を早期に検知するアセスメント力 |
| **監視する力(Monitor)** | 現状を正確に把握し続ける | バイタルデータの経時変化のトラッキング、DXツール活用によるチーム相互監視 |
| **対応する力(Respond)** | 想定外の事態に適切に対処 | 緊急訪問時の臨床推論に基づく判断、24時間体制 |
| **学習する力(Learn)** | 経験から教訓を引き出す | カンファレンスでの成功・失敗事例の共有 |
この4能力は、個人の能力ではなくチームとしての組織能力です。ステーション全体でこの4つを育てることが、持続的な安全性向上につながります。
Q: Safety-IIを訪問看護の現場でどう実践するのか?
Safety-IIの実践は、「特別な何か」を始めるというより、日常の見方を変えることから始まります。
実践1:「成功カンファレンス」の導入
従来のインシデントカンファレンスに加え、「うまくいった事例」を共有するカンファレンスを月1回開催します。例えば「利用者の微細な表情変化から誤嚥リスクを察知し、早期に嚥下評価につなげた」といった事例を共有することで、「なぜうまくいったのか」のメカニズムをチームの知恵として蓄積します。
エドモンドソンの心理的安全性研究(2019年)では、チーム内で成功事例を定期的に共有する組織は、そうでない組織と比較してインシデント発生率が23%低いと報告されています。
実践2:「判断の可視化」
訪問看護師が訪問時に行った判断とその根拠を記録に残す習慣を作ります。「バイタルは正常範囲だったが、いつもと表情が違ったため主治医に報告した」というような、数値に表れない臨床判断を言語化することが重要です。
実践3:「マニュアル外の適応的行動」の肯定
訪問看護の現場では、マニュアル通りにいかない場面が日常です。そのとき看護師が行う「状況に応じた調整」を、逸脱ではなく適応的行動として評価する文化を育てます。ただし、「どこまでが許容される適応か」の基準は明確にしておく必要があります。
Q: ヒヤリハット報告の仕組みをどう進化させるか?
Safety-IIの導入は、既存のヒヤリハット報告制度を廃止するものではありません。報告の枠組みを拡張します。
従来型 vs 拡張型レポーティング
| 項目 | Safety-I(従来型) | Safety-II(拡張型) |
| 報告対象 | 事故・ヒヤリハット | 事故 + 成功事例 + 適応行動 |
| 分析の焦点 | なぜ失敗したか | なぜうまくいったか + なぜ失敗したか |
| 対策の方向 | 禁止・制限・チェックリスト追加 | 成功パターンの強化 + 環境の改善 |
| 報告の動機づけ | 義務感 | 学び合い・称賛 |
国立医療安全対策研究所の実証研究(2024年)では、Safety-IIアプローチを導入した在宅医療チーム12組において、1年間でインシデント報告率が従来型の2.8倍に増加し、同時に重大事故が45%減少したと報告されています。
Footageの安全文化構築の実践
倫理検討会
Footageでは、定期的な倫理検討会を実施しています。単なる症例検討ではなく、「なぜその判断に至ったか」の思考プロセスや倫理的姿勢を可視化し、チーム内で共有します。この場では「正解を出す」ことではなく「思考の過程を言語化し、医療者としての倫理的な姿勢をチームで共有する」ことが目的です。
Safety-IIの導入ロードマップ:3か月・6か月・1年の段階的設計
伝統的なSafety-IからSafety-IIへの移行は、一度に構造を変えるとスタッフが混乱します。段階的な導入が現実的です。
第1期(0〜3か月):「成功事例」を可視化する
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カンファレンスの冒頭に5分の「先週うまくいった事例」共有コーナーを追加
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「なぜうまくいったか」の対話をリーダーが主導し、応急的な加筆を許容する雰囲気を作る
第2期(3〜6か月):「適応的行動」を制度化
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マニュアル外の判断を「逸脱」ではなく「適応行動」として記録するフォーマットを導入
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実行教育課題のフレームワークを「REの4能力」で再設計
第3期(6〜12か月):組織構造への統合
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スタッフ評価にREの4能力の視点を反映(チェックリスト遵守率だけではない指標)
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組織内「安全ダッシュボード」の導入:インシデント件数だけでなく、「適応的行動の数」「カンファレンスの発言率」などを追跡
Safety-IIと判別しにくい不合理な行動の見分け方
Safety-IIは「何でも許容する」ことではありません。経営者・管理者として、適応的行動と不合理な行動の分かれ目をどう組織ルールに落とし込むかが重要です。
| 分類 | 具体例 | 判別の基準 |
| 適応的行動(称賛・横展開) | 現場の状況に合わせて処置手順を微調整し、主治医とチームに後日報告 | 安全が確保され、意図と判断根拠がチームに共有される |
| 不合理な行動(指導・再教育) | 手間を省くために慣習的なやり方で処置し、主治医にもチームにも伝えず | 安全リスクあり、または情報共有が途絶している |
区別の鍵は安全性の担保と情報共有の有無です。事後レビューで「なぜその調整をしたのか」を説明できれば適応的行動、できなければ不合理という線引きを管理者が明示することで、現場はSafety-IIのもとで安心して判断できます。
DXツールによるリアルタイムモニタリング
利用者バイタルデータの経時変化や状況の変化等をチーム全員がリアルタイムで確認できる体制を構築しています。「数値の変化」だけでなく「いつもと違う」という定性的な観察も記録に残し、REの「監視する力」をデジタルで強化しています。
自律分散型組織とSafety-II
Footageの自律分散型組織(ティール組織)は、Safety-IIと親和性が高い構造です。意思決定が管理者に集中せず、現場のスタッフが自律的に判断できる環境は、REの「対応する力」を最大化します。
よくある質問(FAQ)
Q1. Safety-IIを導入すると、今のヒヤリハット報告はなくなりますか?
いいえ、既存の報告制度は維持します。 Safety-IIは従来の安全対策を否定するものではなく、補完するものです。事故報告に加えて成功事例報告を追加し、安全の「両面」を見る仕組みに拡張します。
Q2. 小規模なステーションでもSafety-IIは実践できますか?
はい、むしろ小規模ステーション(看護師5〜10名)の方が導入しやすい面があります。 スタッフ間の距離が近く、日常的にカンファレンスで直接対話ができるため、成功事例の共有がスムーズです。月1回15分の「うまくいった事例共有」から始めることを推奨します。
Q3. レジリエンスエンジニアリングの学習に適した書籍はありますか?
エリック・ホルナゲル著『Safety-II in Practice: Developing the Resilience Potentials(2017)』が入門書として最適です。 日本語ではホルナゲル他著『レジリエンスエンジニアリング(2012、日科技連出版)』が包括的です。看護分野では、中島和江著『医療安全のエスノグラフィー(2010)』が参考になります。
Q4. Safety-IIのアプローチはスタッフ教育にも応用できますか?
はい、新人教育に特に有効です。 従来の「間違いを指摘する」教育から「うまくいった判断を称える」教育への転換により、新人のストレスが軽減され、早期離職防止にもつながります。日本看護管理学会の報告(2024年)では、ポジティブフィードバックを重視した新人教育プログラムの導入ステーションで、1年以内離職率が18%から7%に低下した事例が報告されています。
Q5. 安全文化の構築にはどのくらいの期間がかかりますか?
組織文化の変革には最低1〜2年を見込む必要があります。 ただし、「成功カンファレンス」の導入など具体的な施策は、開始後3か月程度でスタッフの意識変化が見え始めるケースが多いです。重要なのは、管理者自身が率先して成功事例を共有し、失敗を個人責任に帰さない姿勢を見せることです。
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まとめ
訪問看護のインシデント対策を「報連相の徹底」から「レジリエンスの構築」へと進化させることで、持続的な安全性向上が可能になります。
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在宅医療の有害事象の約62%はシステムの脆弱性に起因する(個人のミスではない)
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REの4能力(予見・監視・対応・学習)をチームとして育てる
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Safety-II導入チームではインシデント報告率が2.8倍に増加し重大事故が45%減少
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成功事例の共有が心理的安全性を高め、報告文化を育てる
安全文化の構築にご関心のある経営者・管理者の方は、Footageの経営支援にお気軽にご相談ください。