「悪意のない不正」が業界を蝕む|アーレント・ウェーバー・イリイチから考える訪問看護の倫理

結論サマリー

  • 訪問看護の不正請求問題は「悪い経営者」だけの問題ではなく、思考を止めた個人・数字に支配された組織・善意を免罪符にする業界構造という三層の問題が絡み合って生まれる

  • アーレント、ウェーバー、イリイチという3人の思想家の視座を借りることで、「なぜ普通の人が、普通の組織で、不正に加担するのか」の構造が見えてくる

  • 倫理は個人の「心がけ」では守れない。考えることを組織の仕組みに埋め込むことでしか、構造的な不正は防げない

訪問看護業界に、暗い影が差しています。ホスピス型住宅における過剰な訪問看護請求、就労支援A型事業所の大量閉鎖、そして訪問看護ステーションの水増し請求による指定取消し——。ニュースを目にするたびに、「またか」と思う方も多いのではないでしょうか。しかし、本当に考えるべきは「またか」の先にあります。なぜ、これほどまでに不正は繰り返されるのか。そして、なぜ不正に手を染めた人々の多くは、自分が「悪いこと」をしているという自覚すら薄いのか。この記事では、3人の思想家の力を借りて、その構造に迫ります。

「他人事」では終わらない — 不正請求の現状と構造

厚生労働省が公表する介護給付費等の不正請求に関するデータによれば、訪問看護ステーションの指定取消・効力停止処分は近年増加傾向にあります。2018年度以降、訪問看護に関する行政処分件数は右肩上がりで推移しており、2022年度・2023年度は過去最多水準を記録しました。

注目すべきは、処分理由の内訳です。架空請求や水増し請求といった「明確な悪意」に基づく不正だけでなく、「算定要件の誤解」「記録の不備」「運営基準の逸脱」といった、いわばグレーゾーンでの処分が相当数を占めています。つまり、不正の多くは「騙してやろう」という明確な意図から始まるのではなく、日々の業務の中で少しずつ境界線がずれていった結果として生じているのです。

さらに深刻なのは、処分を受けた事業所の中に、地域で評判の良いステーションが含まれていることです。利用者からの信頼も厚く、スタッフの定着率も悪くない。それでも不正は起きた。ここに、「悪い人がやった悪いこと」という単純な図式では捉えきれない、構造的な問題が潜んでいます。

この構造を理解するために、3つの層に分けて考えてみましょう。個人の層、組織の層、そして業界の層です。

【個人】アーレントの「悪の凡庸さ」— 思考を止めたとき、人は何でもする

1961年、哲学者ハンナ・アーレントはエルサレムで行われたアドルフ・アイヒマンの裁判を傍聴しました。ナチス・ドイツによるユダヤ人の大量虐殺を組織的に遂行した「怪物」を見に行ったアーレントが法廷で目にしたのは、しかし、恐ろしく凡庸な小役人でした。

アーレントは著書『エルサレムのアイヒマン』の中で、この経験から「悪の凡庸さ(banality of evil)」という概念を提示しました。アイヒマンは狂信的な反ユダヤ主義者ではなかった。彼はただ、自分の頭で考えることを放棄し、上からの命令を忠実に実行することを「仕事」だと信じていたのです。

この概念は、訪問看護の不正問題を考えるうえで、不気味なほどの示唆を与えてくれます。

不正請求で処分を受けたステーションのスタッフに話を聞くと、多くの場合、こんな言葉が返ってきます。

  • 「上が決めたことなので」

  • 「前任者からの引き継ぎで、ずっとこうやっていました」

  • 「他のステーションもやっていると聞いていました」

  • 「おかしいと思ったけど、自分の立場では言えなかった」

ここに共通するのは、「思考の外注」です。倫理的な判断を自分の頭で行うのではなく、上司に、前例に、業界の慣習に委ねている。アーレントの言葉を借りれば、彼らは「悪人」ではありません。考えることをやめた人々です。

しかし、ここで「だからスタッフの意識を高めよう」という結論に飛びつくのは早計です。なぜなら、思考の停止は個人の怠惰だけでは説明できないからです。人が考えることをやめてしまう環境——それを作り出しているのは、組織の構造そのものです。

【組織】ウェーバーの「鉄の檻」— 数字が倫理を飲み込む組織構造

社会学者マックス・ウェーバーは、近代社会の合理化プロセスを分析する中で、官僚制がもたらす逆説を「鉄の檻(iron cage)」と呼びました。組織が合理的に運営されればされるほど、個人は歯車となり、全体の目的を見失う。効率性を追求するシステムが、いつしか人間を支配するようになる——。

この「鉄の檻」は、訪問看護ステーションの経営においても、驚くほど正確に作動しています。

数字が「目的」になる瞬間

多くのステーションでは、経営の安定化のためにKPIを設定しています。月間訪問件数、一人あたり売上、新規利用者獲得数、加算の算定率——。これらの指標自体は、経営を可視化するための有用なツールです。

問題は、KPIがいつの間にか「手段」から「目的」にすり替わることです。

「訪問件数を月○件達成すること」が至上命題になったとき、スタッフの意識は「利用者に必要なケアは何か」から「あと何件訪問すればノルマを達成できるか」へと移行します。そして、この移行は多くの場合、誰も自覚しないまま進行します。

管理者は「数字を上げろ」と言っているだけで、不正をしろとは一言も言っていない。しかし、数字のプレッシャーが構造的に不正を誘発する環境を作り出している。ウェーバーが指摘したのは、まさにこの種の合理性の暴走です。

「おかしい」が言えない構造

もうひとつ、ウェーバーの官僚制論が照らし出すのは、情報と権限の非対称性です。

トップダウン型の組織では、情報は上から下に流れ、判断は上層部に集中します。現場のスタッフが「この算定、本当に要件を満たしていますか?」と疑問を持ったとしても、その声が経営者に届くまでに複数の階層を通過しなければなりません。途中で「余計なことを言うな」と止められるかもしれない。あるいは、声を上げること自体が「組織への忠誠心の欠如」と見なされるかもしれない。

こうして、構造的に異議が封殺される組織が出来上がります。不正は、個人が声を上げられない組織構造の中で、静かに常態化していくのです。

ここで重要なのは、この構造を作った経営者もまた、多くの場合「悪意」を持っていないということです。効率的な組織を作ろうとした。売上を安定させようとした。スタッフに明確な目標を持たせようとした。その善意の積み重ねが、結果として「鉄の檻」を構築してしまう。ウェーバーが描いたのは、まさにそのような近代の逆説でした。

【業界】イリイチの「専門家支配」— 「利用者のため」という最も危険な免罪符

3つ目の層に目を移しましょう。個人の思考停止、組織の構造的圧力——しかし、訪問看護の不正問題にはもうひとつ、この業界特有の「厄介さ」があります。それを理解するために、イヴァン・イリイチの思想が助けになります。

イリイチは『脱病院化社会(Medical Nemesis)』や『脱学校の社会』などの著作で、専門家支配(professionalized care)の問題を鋭く指摘しました。医療や教育といった領域では、専門家が「あなたのために」という名目で人々の自律性を奪い、専門家なしでは生きていけない状態を作り出す——。イリイチはこれを「反生産性(counterproductivity)」と呼びました。制度や専門家が、本来の目的を達成するどころか、逆にそれを妨げるという逆説です。

「善意」と「不正」の境界が溶ける場所

訪問看護の現場で、この構造は非常にリアルに作動しています。

たとえば、ある利用者に対して訪問回数を増やすかどうかの判断。看護師としての専門的な判断に基づき、「この方にはもっと頻回な訪問が必要だ」と考えること自体は、職業倫理にかなった行為です。しかし、その判断が「本当に利用者の状態が必要としているのか」と「ステーションの売上に貢献するからか」の境界線上にあるとき、正直に自分の動機を峻別できる人がどれだけいるでしょうか。

さらに厄介なのは、医療・福祉の専門家には「利用者のため」という強力な免罪符があることです。この免罪符は、外部からの批判をほぼ完全に無効化します。「素人に何がわかる」「現場を知らない人間が口を出すな」——専門家としての知識と経験が、結果として自浄作用を阻害するのです。

イリイチが警告したのは、まさにこの構造でした。医療の専門家が「患者のため」を掲げれば掲げるほど、患者自身の判断力や自律性は後退し、専門家に依存する構造が強化される。訪問看護に置き換えれば、「利用者のため」という善意が、いつの間にか過剰なサービス提供を正当化し、その結果として過剰請求が常態化する——という流れです。

制度そのものが内包する矛盾

もうひとつ、イリイチの視点から見えてくるのは、介護保険制度そのものが不正を誘発する構造を内包しているという問題です。

出来高払いの報酬体系は、「より多くのサービスを提供すればより多くの収入が得られる」というインセンティブを生み出します。これは制度設計として一定の合理性を持っていますが、同時に「過剰」と「適正」の境界を曖昧にするという副作用をもたらします。

加算制度も同様です。特定の条件を満たせば追加の報酬が得られる仕組みは、質の高いケアを経済的に支えるための制度です。しかし、「加算を取るためのケア」が「ケアの結果としての加算」を逆転する瞬間——それは、イリイチの言う反生産性が医療・福祉の制度の中で静かに進行していることの証左です。

「考える組織」をどう作るか — 構造で倫理を守る

ここまで、3つの層から訪問看護の不正問題を分析してきました。個人の思考停止(アーレント)、組織の構造的圧力(ウェーバー)、業界特有の善意の暴走(イリイチ)——この三層構造が重なったとき、「悪意のない不正」が静かに進行します。

では、どうすればよいのか。

まず確認しておきたいのは、「倫理研修を増やせば解決する」というのは幻想だということです。年に一度の研修で「不正はいけません」と唱えても、日々の業務構造が不正を誘発する設計になっていれば、効果はほとんどありません。アーレントが教えてくれたのは、倫理は「知識」ではなく「思考の習慣」だということです。

仕組みで思考を促す

私たちFOOTAGEが取り組んでいるのは、自律分散型の組織設計です。これは単なる「フラットな組織」ではありません。意思決定の権限を現場に分散させると同時に、その判断の根拠を言語化する仕組みを組み込んでいます。

具体的には、すべてのスタッフが「なぜこの加算を算定するのか」「なぜこの訪問頻度が適切なのか」を、自分の言葉で説明できる状態を目指しています。上から言われたから、ではなく、この利用者のこの状態に対して、この根拠に基づいて、この判断をした——その思考のプロセスを可視化し、共有する文化です。

「おかしい」が言える構造

もうひとつ重要なのは、心理的安全性を「制度」として担保することです。

「うちは風通しの良い組織です」と言う経営者は多いですが、風通しの良さは経営者の人柄だけでは維持できません。経営者が代わっても、組織が拡大しても、「おかしい」と思ったスタッフがそれを安全に表明できる仕組みが必要です。

定期的なケースカンファレンスで介入根拠を全員で検証する。請求業務に関して業務委託を利用し定期的な監査体制を作る。匿名で疑問を提出できるチャネルを設ける。これらは地味な取り組みですが、構造として不正を防ぐという点では、どんな崇高な理念よりも実効性があります。

専門家の「謙虚さ」を制度化する

イリイチの問いに応えるためには、専門家としての判断を絶対視しない仕組みも必要です。

「利用者のため」という判断が、本当に利用者自身の意思や自律性を尊重しているのか。専門家として「必要だ」と感じるサービスが、利用者の生活の質を本当に高めているのか。この問いを定期的に立ち止まって検証するプロセスを組織に埋め込むことが、善意の暴走を防ぐ最大の安全装置になります。

よくある質問

不正請求は「一部の悪質な事業者」の問題ではないのですか?

明確に悪意を持った不正ももちろん存在します。しかし、厚労省の処分事例を分析すると、算定要件の誤認や記録不備に起因する「意図しない不正」が相当数を占めています。思考停止・組織構造・業界特有の文化が重なることで、悪意なく不正に至るケースは決して例外ではありません。「うちは大丈夫」と思い込むこと自体が、リスクの始まりです。

KPI管理をやめるべきということですか?

いいえ。KPIは経営管理に不可欠なツールです。問題は、KPIが「目的」にすり替わることです。数字が「なぜ」その水準なのか、利用者のケアの質とどう結びついているのかを問い続ける文化がなければ、数字が倫理を圧迫するリスクが高まります。

小規模なステーションでも組織的な不正防止は可能ですか?

むしろ小規模なステーションのほうが取り組みやすい面があります。スタッフ全員の顔が見える規模であれば、カンファレンスでの算定根拠の共有や、相互チェックの仕組みを導入しやすい。重要なのは、「なぜこの判断をしたのか」を言語化する習慣を日常業務の中に埋め込むことです。

「思考する組織」は理想論ではないですか?

簡単ではありません。しかし、理想論でもありません。日常のカンファレンスで「なぜ」を問う習慣をつけること、請求プロセスに複数チェックを入れること、算定要件の勉強会を定期的に開催すること——これらは明日から始められる取り組みです。「考え続ける組織」であろうとする姿勢そのものが、不正を防ぐ最大の力になります。

まとめ

この記事で見てきたように、訪問看護における不正請求の問題は、「悪い人を排除すれば解決する」という単純な話ではありません。アーレントが示した思考の放棄、ウェーバーが描いた組織の鉄の檻、イリイチが警告した専門家支配——これら三層の構造が重なり合うとき、「悪意のない不正」は誰の組織でも、どのステーションでも起こりえます。

最後に、ひとつだけ問いかけさせてください。

あなたのステーションで、スタッフは「おかしい」と言えますか?

不正は、思考が止まった場所に忍び込みます。そして思考は、問いかけがなければ止まります。

考え続けること。問い続けること。それが、この業界を守る唯一の方法だと、私たちは信じています。

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