多職種連携を阻む「見えない壁」の正体|テットのサイロ・エフェクトから考える訪問看護の組織設計
多職種連携を阻む「見えない壁」の正体|テットのサイロ・エフェクトから学ぶ組織変革
結論サマリー
多職種連携がうまくいかない本当の理由は、「コミュニケーション不足」という表層的な問題ではなく、組織内に形成されたサイロ(縦割り構造)の問題です。ジレ・テットが提唱する「サイロ・エフェクト」の概念を援用すれば、看護師・PT・OTが情報を共有できない構造的原因が見えてきます。FOOTAGEでの実践から、サイロを壊すための具体的なアプローチをお伝えします。
訪問看護ステーションを運営していると、「多職種連携が大事」という言葉を何度も耳にします。カンファレンスを増やした、情報共有ツールを導入した、それでも現場では「看護師は看護師の仕事」「PTはPTの仕事」という意識がなかなか変わらない——そんな経験はないでしょうか。
FOOTAGEでもかつて同じ課題に直面しました。看護師とPT・OTの間に見えない壁があり、利用者さんの情報が職種をまたいで流れていかない。ミーティングを増やしても、情報の共有が表面的なまま終わってしまう。その壁の正体を理解するヒントを与えてくれたのが、元フィナンシャル・タイムズ編集長のジレ・テット(Gillian Tett)が著書『サイロ・エフェクト』(邦訳:文藝春秋)で論じた組織論でした。本記事ではテットの知見をベースに、医療・介護現場における多職種連携の壁の本質と、それを乗り越えるための実践的アプローチを解説します。
サイロ・エフェクトとは何か
ジレ・テットはUBSやソニーなどの事例を通じて、現代組織が「サイロ」と呼ばれる縦割り構造に分断され、部門間の情報共有や協力が機能不全に陥る現象を「サイロ・エフェクト」と名付けました。
サイロの語源と本質
サイロとは本来、穀物を保存する円筒形の倉庫のことです。各倉庫は中身を守るために密閉されており、互いに行き来できない構造になっています。組織においても同様に、部門・職種・専門領域がそれぞれ「自分たちの領域」に閉じ込められ、隣のサイロに何があるかを知らない、あるいは知ろうとしない状態が生まれます。
テットが特に注目したのは、サイロが「悪意」から生まれるのではないという点です。むしろ専門性を高め、効率を上げようとする「合理的な動機」の積み重ねがサイロを生む、という逆説的な指摘は非常に示唆的です。
医療・介護現場でのサイロの形
訪問看護ステーションに当てはめると、サイロは以下のような形で現れます。
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看護師は「医療的処置・病状管理」を担当する専門家として自己規定する
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PTは「身体機能・歩行訓練」の専門家として自己規定する
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OTは「生活動作・上肢機能」の専門家として自己規定する
それぞれが正しい専門意識を持っているからこそ、「これはうちの仕事ではない」という境界線が自然発生します。問題は、利用者さんの生活課題は職種の境界線など無視して存在しているという事実です。
なぜ「コミュニケーション不足」という診断は間違いなのか
多職種連携がうまくいかないとき、多くの管理者が「コミュニケーションが足りない」と診断します。だからミーティングを増やし、情報共有ツールを入れ、研修を組む。しかし、それでも壁は残ります。なぜでしょうか。
問題は「量」ではなく「構造」
テットが強調するのは、情報共有の問題は「情報量の不足」ではなく「情報の流れ方を決める構造」にあるという点です。いくらツールを増やしても、サイロの構造自体が変わらなければ、情報は各職種の中で循環するだけで、職種をまたぐ流れは生まれません。
FOOTAGEの事例でいえば、カイポケやSlackで記録を共有しても、看護師の記録をPTが読もうとするインセンティブがなければ、ツールは機能しませんでした。問題は「ツール」でも「ミーティングの頻度」でもなく、「なぜ他職種の情報を読む必要があるのか」という動機と文脈の設計にありました。
専門化のトレードオフ
専門化は組織の効率を高める一方で、「視野の縮小」というコストを伴います。看護師はPTの視点から利用者さんを見る機会が減り、PTは看護師の視点から生活リスクを評価する機会が減ります。テットはこれを「分類のコスト」と呼び、専門化された組織では必然的に発生するトレードオフだと論じています。
FOOTAGEで起きた情報断絶の実態
FOOTAGEでは、訪問看護師とPT・OTが同じ利用者さんを担当しているにもかかわらず、互いの訪問記録をほとんど参照していない時期がありました。
この事例は誰かの「サボり」や「怠慢」ではなく、情報が統合される仕組みがなかったという構造的問題でした。
事例:服薬変更が訓練計画に反映されなかった
別の利用者さんでは、主治医が降圧薬を変更したことを看護師は把握していましたが、PTには伝わっていませんでした。その結果、起立性低血圧のリスクが高まっている時期に、立位訓練の強度が変わらないまま継続されました。転倒には至りませんでしたが、ヒヤリハットとして記録されました。
サイロを壊す三つのアプローチ
テットは著書の中で、サイロを壊すための鍵として「人の移動」「目的の共有」「構造の再設計」を挙げています。FOOTAGEでの実践とあわせて解説します。
アプローチ1:「越境体験」のデザイン
テットは、サイロを壊す最も強力な手段の一つとして「人が組織の境界を越えて移動すること」を挙げています。医療現場に翻訳すれば、「職種を越えて互いの仕事を見る体験」がこれにあたります。
FOOTAGEでは、看護師が同行でPTの訓練場面を見学する機会を設けました。逆にPTが看護師の訪問に同行し、処置や服薬確認の場面を共有することも試みました。「PTがこんな視点で利用者さんを見ていたのか」という発見が、その後の情報共有の質を大きく変えました。
アプローチ2:「共通のゴール指標」を設定する
サイロが強固なのは、各職種が「自分の専門分野での成果」を追いかけているからです。歩行距離の改善はPTの指標であり、状態の安定は看護師の指標です。それぞれの指標を追うことには問題はありませんが、共通のゴールがなければ情報統合の動機は生まれません。
FOOTAGEでは、利用者さんごとに個別の生活目標を多職種で設定し、計画書の冒頭に記載する運用を導入しました。共通の「北極星」を持つことで、職種横断の会話が「自分の仕事の報告」ではなく「目標への道筋の確認」に変わっていきました。
管理者が問い直すべき「構造の問い」
サイロ・エフェクトの視点に立つと、多職種連携の課題は「管理者のリーダーシップ」や「スタッフの意識」の問題ではなく、組織の構造設計の問題であることが見えてきます。
情報の流れを設計しているか
「誰がどの情報を、いつ、誰に共有するか」を明確に設計できていますか。属人的な「気づいたら共有する」文化に依存している限り、サイロは再生産され続けます。
職種横断の「共通の問い」を持っているか
定例ミーティングの議題は「各職種からの報告」になっていませんか。報告の集積は情報共有ではなく、サイロ間の「外交」に近い状態です。「この利用者さんの今の最大の課題は何か」という共通の問いから出発することで、会議の質が変わります。
越境をデザインしているか
スタッフが自発的に他職種の仕事に関心を持つことを期待するだけでなく、越境体験を仕組みとして組み込んでいますか。テットが言うように、サイロは自然には壊れません。構造的な介入が必要です。
よくある質問(FAQ)
Q1. サイロは医療・介護の専門職制度がある以上、避けられないのではないですか?
専門職制度がサイロの素地を作ることは事実です。しかしテットの指摘は「専門化を廃止すべきだ」ではなく、「専門化のコストを意識したうえで構造的に対処せよ」というものです。専門性を尊重しつつも、情報統合の仕組みを設計することは十分に可能です。
Q2. 小規模なステーションでもサイロは発生しますか?
規模に関係なく発生します。むしろスタッフ数が少ない現場では、「あの人はああいうタイプだから」という人間関係のフィルターがサイロに代わる機能を果たし、情報の流れを阻害することがあります。構造の問題は規模を問いません。
Q3. ITツールの導入はサイロ解消に効果がありますか?
ツールは情報共有の「摩擦を下げる」効果はあります。しかし構造が変わらなければ、高機能なツールも「各職種がそれぞれの記録を入力する場所」になるだけです。ツール導入の前に「誰が、なぜ、この情報を読む必要があるのか」を設計することが先決です。
Q4. サイロ解消のための変革は、どこから始めればよいですか?
テットは「小さな越境から始めよ」と示唆しています。まず一つの利用者ケースを選び、全職種が同じ目標文書を共有する実験から始めることをお勧めします。全体を一度に変えようとするより、成功事例を一つ作ることの方が組織変革のエネルギーを生みます。
Q5. 管理者が旗を振っても、スタッフが動かない場合はどうすればよいですか?
スタッフが動かない場合、多くは「動く理由が見えていない」状態です。サイロ解消の目的を「組織のため」ではなく「この利用者さんのため」という具体的な文脈に接続することが重要です。一つの具体的な事例を使って「情報が統合されていれば防げた」という経験を共有することが、抽象的な呼びかけよりもはるかに効果的です。
まとめ
多職種連携を阻む壁の正体は、悪意でも怠慢でもなく、組織の構造が生み出すサイロです。テットのサイロ・エフェクト理論は、医療・介護現場の連携課題を新たな角度から照らし出してくれます。「コミュニケーション不足」という診断を超えて、情報の流れの構造設計、越境体験のデザイン、共通ゴールの設定という三つのアプローチから変革を始めることで、職種を越えた真の連携が生まれます。FOOTAGEでの実践は決して完成形ではありませんが、構造を変えることで見えない壁が確実に薄くなっていく手応えを感じています。
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