訪問看護の離職率と辞める理由|待遇改善で止まらない離職を防ぐ組織づくりを経営支援の専門家が解説

結論:訪問看護の離職は、待遇改善だけでは止まりません。 辞める理由を「待遇」「人間関係・業務負荷」「仕事の意味の喪失」の3層に分けて見ると、経験3〜5年目の中堅スタッフほど3層目で離職しやすい構造があります。本記事では、訪問看護の離職率の実態と辞める理由の読み解き方、そして私たちフッテージが自社ステーションで実践してきた定着のための組織づくりを、経営者・管理者の方に向けてお伝えします。

この記事でわかること

  • 訪問看護の離職率はどの程度か、小規模事業所で1人の退職が重い理由
  • スタッフが辞める理由の3層(待遇/人間関係・業務負荷/意味の喪失)と、経営者がどう読むか
  • 「待遇を上げたのに辞める」が起きる構造
  • 私たちが実践した離職防止・定着の組織づくり(自律分散・自責文化・臨床推論)
  • 経営者・管理者が今日からできる3つのこと

訪問看護の離職率——「1人の退職」が病院より重い理由

日本看護協会「2023年病院看護実態調査」では、正規雇用看護職員の離職率は11.8%と報告されています。訪問看護ステーションはこの統計の対象外ですが、看護師全体で1割強が毎年入れ替わる環境にあることは押さえておく必要があります。

訪問看護で離職が経営に直結するのは、事業所の規模が小さいからです。常勤換算2.5人の人員基準ぎりぎりで運営しているステーションでは、1人の退職が即座に受け入れ停止や加算要件の喪失につながります。病院では1割の離職が「補充の問題」で済みますが、訪問看護では1人の離職が「事業継続の問題」になります。

だからこそ、離職率の数字を眺めるだけでなく、「なぜ辞めるのか」を層に分けて読み解くことが経営の実務になります。

訪問看護スタッフが辞める理由——3つの層に分けて読む

第1層:待遇(給与・休日・オンコール手当)

退職面談で最初に出てくるのはこの層です。給与水準、休日数、オンコールの回数や手当。確かに重要で、整えなければ人は集まりません。ただし、この層は「不満があると辞める」一方で「満たされても留まる理由にはならない」という性質を持ちます。

第2層:人間関係・業務負荷

管理者との関係、スタッフ間のコミュニケーション、記録や移動を含めた業務量、1日の訪問件数。一人で利用者宅に向かう訪問看護では、困った時に相談できる相手がいるかどうかが定着に大きく影響します。業務改善で負荷を減らすこと、対話の場を設けることで手を打てる層です。

第3層:仕事の意味の喪失——中堅ほど辞める理由

「給与を見直した。休日も増やした。それなのに、エースが辞めていく」。経営者や管理者の方から、こうした声を数多くいただきます。退職面談で語られるのは、「自分がここにいる意味がわからなくなった」「やりたい看護ができない」「組織の方向性と自分の価値観が合わない気がする」という言葉です。これは待遇の問題ではなく、意味の問題です。

訪問看護師の多くは、「利用者の生活に寄り添いたい」「在宅でその人らしい最期を支えたい」という強い動機を持って入職します。ところが組織に入ると、方針が上から降りてくる、自分で考える余地がない、件数をこなすことが優先される、「なぜこのケアをするのか」を語り合う時間がない、という状況が生まれます。志の高いスタッフほどこの状況に敏感で、意味が満たされなくなったとき離職を選びます。

なぜ「待遇を上げても辞める」のか——意味への意志という視点

精神科医ヴィクトール・フランクルは、人間の根源的な欲求は快楽や権力ではなく「自分の人生には意味がある」と感じられることだと述べました(『意味への意志』)。この視点に立つと、第1層・第2層の改善は「ないと辞める」衛生要因であり、第3層を満たさなければ「ここにいたい」という理由にはならない、という構造がはっきりします。

もう一つ押さえておきたいのは、スタッフの「何か違う」という直感は、理由を言語化できる前に働くという点です。社会心理学者ジョナサン・ハイトは、人の判断を「象(直感)と騎手(理性)」にたとえ、象が先に動き騎手が後から説明をつけると論じました。退職を考えるスタッフに理由を尋ねても明確な答えが返ってこないことがあるのは、この直感が先に組織との価値観のずれを察知しているからです。いくら論理的に「この組織にいるべきだ」と説明しても、象がすでに別の方向を向いていれば止められません。

経営者として取れる打ち手は、この直感を否定することではなく、その奥にある価値観をスタッフ自身が言語化できる環境を整えることです。

私たちの実践——離職を防ぐために組織をどう変えたか

自律分散型の組織運営へ

私たちフッテージは、現場のスタッフ一人ひとりが自分の判断で動ける範囲を広げる自律分散型の組織運営へ移行しました。訪問スケジュールの組み方、利用者へのアプローチの選択、カンファレンスでの発言。こうした日常の意思決定をできるだけ現場に委ねています。管理者が正解を指示するのではなく、スタッフ自身が「なぜ自分はこのケアを選ぶのか」を考え、言語化できる環境が、第3層への手当てになります。

「自責」文化——他責から自責への転換

私たちが組織文化として大切にしているのが「自責」の考え方です。自分を責めるという意味ではなく、「起きたことを自分ごととして捉え、自分に何ができるかを考える」姿勢のことです。他責のとき、人は「自分ではどうしようもない」という無力感に陥ります。自責の姿勢をとると、「自分には選択肢がある」という感覚が生まれます。

管理者の役割を「管理」から「支援」へ

管理者はスタッフの判断を尊重し、問いかけによって思考を深める役割を担います。「あなたはどうしたいですか」「その判断の根拠は何ですか」という問いを重ねることで、スタッフ自身が仕事の意味を言語化する機会をつくります。スタッフの直感を否定せず、その奥にある価値観を一緒に掘り下げる行為です。

臨床推論文化——「なぜ」を考える環境が意味を生む

カンファレンスでは「この利用者に対して、なぜこのアプローチを選んだのか」を言語化し、チームで共有します。正解を出すことが目的ではありません。「なぜ」を問い続けるプロセス自体が、スタッフにとっての仕事の意味になります。

経営者・管理者の方が今日からできる3つのこと

1. 「退職理由」ではなく「在職理由」を聴く

定期的な1on1で、「今この組織にいる理由は何ですか」「仕事のなかで意味を感じる瞬間はいつですか」と尋ねてみてください。答えに詰まるスタッフがいたら、それは第3層の離職が始まっているサインかもしれません。

2. 「なぜ」を語る場を週1回つくる

カンファレンスのうち週1回だけ、「なぜこのケアを選んだのか」を語り合う時間を設けてみてください。15分でも構いません。「なぜ」を言語化するプロセスそのものが、スタッフの意味への感覚を刺激します。

3. 管理者の「指示」を1つ減らし、「問い」を1つ増やす

明日から、管理者として出す指示を1つ減らしてみてください。その代わりに「あなたはどう考えますか」という問いを1つ増やします。小さな変化ですが、これがスタッフの自律性を育てる一歩になります。

よくある質問(FAQ)

Q1. 訪問看護の離職率が高いステーションに共通する特徴はありますか?

私たちの経験では、管理者が一人で判断と調整を抱え込んでいる、カンファレンスが情報共有だけで終わっている、スタッフが「なぜこのケアをするのか」を語る場がない、という3点が重なっているステーションで中堅の離職が続きやすいと感じています。待遇だけを見ていると、この構造は見落とされます。

Q2. 退職の意思を告げられてからでも引き留められますか?

第1層(待遇)の理由であれば条件の見直しで留まる場合もありますが、第3層(意味の喪失)まで進んでいる場合、その時点での引き留めは難しいことが多いです。だからこそ、退職理由を聞く面談より、在職理由を聞く1on1を定期的に持つことをお勧めしています。

Q3. 小規模なステーションでも自律分散型の運営はできますか?

少人数だからこそ導入しやすい面があります。スタッフ全員が経営数値や利用者の受け入れ判断に触れやすく、「自分ごと」になる速度が速いためです。重要なのは、管理者が指示を1つ減らして問いを1つ増やす、という小さな変化を仕組みとして続けることです。

まとめ——離職率の数字より「辞める理由の層」を見る

訪問看護の離職は、待遇を整えるだけでは止まりません。辞める理由を「待遇」「人間関係・業務負荷」「意味の喪失」の3層で読み、第1層・第2層を整えたうえで、第3層=仕事の意味を自分で見出せる環境を組織としてつくることが、中堅スタッフの定着につながります。組織づくりに正解はありませんが、「意味」という視点を持つことで、離職率の数字の読み方は変わります。


訪問看護ステーションの開業支援・組織づくりのご相談はこちらをご覧ください。


参考文献: 日本看護協会「2023年病院看護実態調査」/ヴィクトール・E・フランクル『意味への意志』(春秋社)/ジョナサン・ハイト『社会はなぜ左と右にわかれるのか』(紀伊國屋書店)


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