はじめに
訪問看護ステーションの運営において、スタッフ一人ひとりの「強み」を活かすことは、組織全体の成果を最大化するうえで欠かせない要素です。
特に、スタッフが単独で利用者宅を訪問し、現場で判断を下す訪問看護の特性上、各人の強みや得意分野を的確に把握し、それを最大限に発揮できる環境を整えることが、組織の成長とサービス品質の向上に直結します。
本コラムでは、管理者としてどのようにスタッフやチームの強みを引き出し、育て、組織力を高めていくかについて解説していきます。
また、本コラムは「管理者の役割」シリーズの第3弾となります。
これまで『成果について考える』、『リーダーシップについて考える』というコラムを掲載しています。
本記事は、前回までのコラム内容を踏まえて構成しておりますので、ぜひそちらも併せてご覧ください。
管理者は、強みを引き出す必要がある
強みに集中するとは何か?:ドラッカーの視点から考える
ピーター・ドラッカーは、マネジメントにおいて「人の強みを生かすことが成果に直結する」と提唱しました。
弱点の是正に注力するのではなく、各人の得意な領域を最大限に発揮できるよう支援することが、組織全体の成果向上に直結すると述べています。ドラッカーはその中で、次のように明言しています。
“One cannot build performance on weaknesses, let alone on something one cannot do at all.”
(弱みの上に成果を築くことはできない。ましてや、まったくできないことの上には、なおさらである。)
参考文献:Drucker, P.F. The Effective Executive, Harper & Row, 1967
この一文は、単なる「得意不得意」の話に留まらず、人材活用や組織マネジメントの根本原則を示しています。
人の時間やエネルギーは有限であり、それを最も効果的に活かすには「できること」「得意なこと」にリソースを集中すべきだ、というメッセージです。その意図としては、どれだけ不得意な領域に努力を重ねても、その領域に強みを持っている人や組織に対して競争優位性を保つことは非常に困難であること。また、全くできないことを無理に克服しようとするのは非常に非効率であり、膨大なエネルギーを投じても、成果に結びつかないリスクが高まることを警告しています。
例えば、趣味でスポーツを行う一般人が、プロスポーツ選手と同じトレーニングをしたとしても、同じレベルの成果を上げることは困難です。このように、強みを活かすことこそが、成果を生み出すための最短ルートであるとドラッカーは一貫して主張しています。
そしてそのためには、自分自身と他者の「強み」を正しく認識し、適切に活かすことが不可欠となります。
スタッフの強みを引き出す
訪問看護ではスタッフ一人ひとりが異なるバックグラウンドや専門性を持っていますが、これは病院勤務時代に所属していた診療科による知識やスキルの偏りが影響しているためであり、自然な現象といえます。
ここで重要なのは、最低限の総合的な知識・スキルは必要であるものの、すべての領域において他の診療科出身者と同レベルに引き上げる必要はないということです。むしろ、それぞれが得意とする分野で力を発揮できるよう支援することが、組織全体の成果向上に直結します。訪問看護ステーションでは、スタッフが持つ専門性や経験、個性そのものが、組織の大きな強みとなります。
- 緩和ケア・小児・精神科など出身で、特殊な専門性が必要な診療科に精通しているスタッフ
- ICU・呼吸器・脳神経・外科領域など出身で、医療機器や医療処置に精通しているスタッフ
- 委員会活動やRST(呼吸療法サポートチーム)など、チーム医療に携わった経験のあるスタッフ
- リーダーや主任など、マネジメント経験を持つスタッフ
こうした多様な強みを正しく把握し、適切に役割分担を行うことで、スタッフは自信を持って業務に取り組むことができ、結果として組織全体の生産性とサービス品質の向上につながります。
ただ訪問看護は単なる医療行為の提供だけではなく「生活を支える」サービスであり、利用者の生活の質を向上させることが本質です。これまで培ってきた得意分野だけに特化すればよいわけではなく、包括的なスキルの習得が求められます。
訪問看護師として必須となるスキルは以下の通りです。
- 関連機関との信頼関係の醸成
訪問診療医、ケアマネジャー、病院、地域包括支援センターなど、外部機関との連携を強化するために必要なコミュニケーションスキル
- 社会資源の把握と制度理解
介護保険、障害福祉サービス、地域包括ケアシステムなど、各種制度の知識を利用者支援に活用する調整能力
- 総合的な看護実践力
多様な在宅患者に対応できる、医療専門職としての倫理的姿勢、医療知識、看護技術力 - 活動継続のための経営的思考力
コスト意識、収益構造の理解、顧客視点に立ったサービス提供など、サービスの持続可能性を見据えた基礎的な経営感覚
訪問看護という職種では、これまで経験してこなかった業務領域に直面することも多くあります。そのため、未経験の領域に対して最初から「苦手意識」や「弱み」と捉えてしまうスタッフも少なくありません。しかし重要なのは、初めはできなくて当たり前であるという視点です。最初は得意も不得意もわからない状態であり、その中から一歩踏み出していく過程そのものが、訪問看護師としての成長に直結します。
管理者として求められるのは、この「第一歩」を後押しし、スタッフが新たなスキルを身につけ、やがてそれを自らの強みへと昇華していくプロセスを支えることです。
個々の強みをチームの力へ
「強みを活かす」考え方を進めるうえで重要なのは、すべての領域において全員に高水準を求めることではありません。
最低限の基礎スキルを習得した後は、専門性の高い領域については得意なスタッフが中心となり、互いに支援し合う体制を構築することが効果的です。さらに専門的な知識やノウハウを個人に留めるのではなく、事業所全体で取り扱えるよう体系化する取り組みも必要です。
訪問看護では、包括的なサービス提供が求められるため、個々の強みを持ち寄り、チームとして補完し合うことが組織全体の質の向上に直結します。ここでカギを握るのがナレッジマネジメントです。集約されたナレッジを単なる個人経験に留めるのではなく、組織の「財産」として体系化・共有する仕組みを整えることが求められます。
- 個人に依存したノウハウの属人化を防ぐ
退職や異動による知識損失リスクを軽減できる
- 組織全体の学習スピードを加速させる
同じ失敗を繰り返すことなく、成功事例も迅速に再現できる - 生産性と品質の大幅な向上
「知っている人だけができる」状態から、「誰でもできる」状態へと変革できる
一人のスーパースタッフに頼った運営は、短期的には一定の成果を上げるかもしれません。しかし特定の個人に過度に依存した属人的な運営体制では、スタッフの退職や異動といった変化に脆弱になり、事業所全体の安定的な成長や持続可能性を損なうリスクが高まります。また個人に頼りきった運営では、既に存在する知識や成功事例を組織で共有できず、「車輪の再発明」のように二度手間や同じ失敗を繰り返してしまう可能性もあります。本来であれば、蓄積されたナレッジを活かすことで組織全体の成長スピードを高めることができたにもかかわらず、それができないのは大きな損失です。
特に訪問看護のように、現場の裁量権が大きく、スタッフ一人ひとりの判断がサービス品質に直結する領域においては、チームとしての一体感が運営の安定性に不可欠となります。だからこそ管理者は、個々のスタッフが持つ強みを最大限に引き出しながら、互いに補い合い、支え合うチーム作りを意識しなければなりません。スタッフ一人ひとりの強みを活かし、組織全体で学び合い、成長し続ける文化を育むことこそが、訪問看護ステーションの未来を支える確かな基盤となるのです。
最後に
本コラムでは、訪問看護ステーションにおける管理者の重要な役割として、「スタッフの強みを引き出し、チーム全体の力へと昇華させる」視点について解説してきました。
ピーター・ドラッカーが提唱する「強みに集中する」という考え方は、訪問看護の現場にも深く当てはまります。すべてのスタッフに万能性を求めるのではなく、それぞれの得意領域を尊重し、活かすこと。そして最低限必要な基礎スキルを組織として担保しながら、個々の専門性を相互に補完し合うチーム作りを目指すことが、質の高いサービス提供と組織の持続的な成長に繋がります。
また個人に蓄積された知識や経験を組織全体で共有し体系化する「ナレッジマネジメント」も、これからの訪問看護ステーション運営には欠かせない要素です。属人化のリスクを避け、組織として知見を蓄積し続けることが地域へのより良い貢献へと繋がっていきます。
管理者に求められるのは、単なる統率や指示ではありません。スタッフ一人ひとりの強みを見極め、育み、チームとして力を結集できる環境を整えること。そして、成長の「第一歩」を支援しながら、組織全体が学び続けられる土壌を育てることです。
本コラムが、管理者としての皆さまの役割を見つめ直す一助となれば幸いです。
ご用命等あれば、お気軽にお問い合わせくださいませ。
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コチラもお気軽にお問い合わせください。
皆さまへの
コメント
Footage訪問看護ステーションで蓄積してきたナレッジを共有し、訪問看護ステーション運営の助けとなりたい。
課題や葛藤を共有しながら一緒に解決していく仲間を増やすことで、地域医療を支える仲間が、誇りや働く意義を持って、訪問看護に専念できる環境を作りたい。