はじめに

前回のコラムでは、訪問看護の役割と自律分散型組織の親和性について説明し、地域包括ケアシステムの中心的な役割を担うために自律分散型組織への理解が重要であることをお伝えしました。
今回は、看護師が置かれている就業環境や自律分散型組織のメリット・デメリットを把握し、自律分散型組織を機能させるために知っておくべきことや、自律分散型組織を成功に導くポイントについて説明していきます。

今回のコラムに入る前に、前回のコラムも合わせてご確認ください。

経営支援コラム:訪問看護の役割と自律分散型組織の親和性について

自律分散型組織が機能するためには

前回のコラムで紹介した通り、VUCA時代を乗り越えていくために柔軟性と効率性を持った自律分散型組織への注目が集まっています。
自律分散型組織の導入によるメリットとデメリットを把握することで、自律分散型組織を効果的に機能させる方法や、看護師のキャリアパターンから訪問看護ステーション運営における自律分散型組織の有用性について説明することができます。

▪️看護師の就業状況について

厚生労働省の調査によると、令和2年末時点での看護師就業状況は病院が69%、訪問看護ステーションが4.9%と、両者の間にかなりの差が開いていることがわかります。
また、看護師のキャリアパターンとしては、病院での就業を経験した後、施設や訪問看護ステーション、企業などへの就職を行うことが大半であり、新卒で病院以外への就職を選択することは極めて稀です。
以上のことからも、ほとんどの看護師が病院での就業という文化に触れることが推測されます。

病院看護師の就業状況としては、サービスに関わる業務など現場での業務に完全に分業されており、財務や労務といった経営に関してはほとんど触れることなく過ごしています。

(出典)厚生労働省 令和2年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況  表2 就業場所別にみた就業保健師等(実人員・常勤換算数 )

一方で、訪問看護ステーションへの転職となると、環境が大きく変化します。
現場でのサービスに関わる業務は病院での就業と大きく変わりませんが、訪問看護ステーションを運営するにあたり経営的な視点も必要になってきます。
看護師という共通の資格ではあるものの、これまで触れてこなかった文化に接することで、職業が変わったと認識するほどストレスが強いことが予測されます。

実際に、Footage訪問看護ステーションで働くスタッフに話を聞いてみると、病院から訪問看護へのジョブチェンジは衝撃が大きいという意見が多く聞かれました。

▪︎自律分散型組織のメリット

自律分散型組織のメリットとしては以下が挙げられます。

変化に強い

自律分散型組織では、組織の意思決定が柔軟に行われるため、効率性や生産性の向上が迅速に実現されます。
そのため、組織内でイノベーションを起こすことへの抵抗が低いと考えられます。

丸山一芳氏は、著書『起業プロセスにおける知識と組織の共進化 ―Jリーグ・アルビレックス新潟の事例研究―』において、

組織のライフサイクル論におけるステージモデルは、起業してからいわゆる大きな組織になるまでの困難も描き出しているが、むしろ成長によって大企業化する組織が官僚的に硬直していったり、イノベーションを阻害していったりというプロセスとその対処の方に重点がおかれた議論であるといえるだろう。また、起業者段階から共同体段階への移行期間はどのくらいなのかといった期間の明確化の問題や一部の研究を除いて経験的な証拠に基づいていない議論であるという課題が残されているといえるだろう。1)

と組織のライフステージモデルについて、組織が成長していく過程の中でイノベーションを阻害するプロセスがあることが述べられており、ステージの移行期間が明確化されていないことも課題として挙げられています。
上記からも、組織力の向上や拡大していくにあたり、変化に強い自律分散型組織は理想的と言えます。

チームとしての価値観が生まれる

こちらは訪問看護ステーションの運営において、自律分散型組織を導入する最も大きなメリットとして捉えています。
看護師の就業状況について前述しましたが、訪問看護ステーションでの就業は経営といった新たな文化との接触であり、大きな衝撃を受けます。

多くの訪問看護ステーションは、トップダウン形式の中央集権型組織として経営しています。
訪問看護ステーションの方針や運営において、裁量を何も持たせてもらえない、情報の透明性がない中で、「売上を上げてください」「新規の利用者獲得のために営業に行ってください」といった目標を出されても、訪問看護を提供していく意義を見出しにくいことは容易に推測できます。

自律分散型組織として裁量を個人にも持たせたり、情報の透明化を徹底することでなぜ売上を上げなければならない状況なのかや改善方法を一緒に検討していくことで、経営者のためのチームではなく、訪問看護を運営していく一つのチームとしての価値観が生まれます。

▪︎自律分散型組織のデメリット

自律分散型組織のデメリットとしては以下が挙げられます。

情報共有の困難

自律分散型組織では、各所属する個人に裁量権があるため、それぞれが自律して意思決定を行います。
上司に対して提案を行い、許可をもらった上で意思決定を行うプロセスがないため、対応した個人が情報共有を主体的に行わなければ情報が共有されません。
訪問サービスについて例に挙げると、訪問看護の現場では基本的には一人で訪問を行いサービスを提供します。
そのため、利用者やご家族に対してどのような対応を行ったのかなどは訪問したスタッフにしかわかりません。
情報共有できる仕組みを整えていなければ、把握することは困難でしょう。

自己調整能力が必要になる

上司がいない自律分散型組織では、基本的には監視の目がないといった状況です。
個人によっては、仕事に対して真摯に取り組まずにサボってしまったり、ダラダラと過ごしてしまったりと効率性や生産性の向上に悪影響を与えてしまうことも考えられます。
自律分散型組織を取り入れる際は、これらのメリットとデメリットを考慮し、組織の状況や目標に応じた運用方法を検討することが重要です。
情報共有や進捗管理の仕組みづくり、モチベーション維持に関する工夫が求められます。

自律分散型組織を成功に導く5つのステップ

これまで自律分散型組織の導入について勧めてきましたが、導入前の前提条件をお話しいたします。

▪️前提条件

「自律分散型組織の導入を目的にしない」事が大切
自律分散型組織は組織改革やマネジメント手法はあくまで組織の目標達成やパフォーマンス向上の手段であるべきだからです。
組織の形態やマネジメント手法を目的とすることで、組織の本来の目的やVisionが見失われるリスクがあります。
組織の課題や問題点に対して自律分散型組織が効果的な解決策であるかを検討し、従業員の意見やフィードバックを取り入れながら、段階的に導入していくといった適切な導入プロセスを行っていく必要があります。

ここからは、自律分散型組織を成功に導く5つのステップを解説します。

▪️①Vision/目標/戦略の策定

自律分散型組織では、チームや個人が自律的に意思決定を行います。
そのため意思決定がチームや個人で大きなズレを発生させないように、意思決定の中心に来る組織全体の”ビジョン”や”目標”、”戦略”の策定を行い、共有しましょう。
そして社会の変化に対応できるように定期的に見直しを行うなどの柔軟性を持ちましょう。

▪️②柔軟な組織構造と役割分担の確立

所属するメンバーに対して役割の明確化、スキルや経験に応じた役割の割り当て、そして定期的なフィードバックを行うことで、チームを柔軟に変化させ、能力を最大限に活かすことが可能になります。

▪️③コミュニケーションの促進と情報共有の最適化

コミュニケーションの促進と情報共有の最適化は、自律分散型組織の運営において重要な要素です。
これによりメンバーが自主的に意思決定や問題解決を行うことが容易になります。

▪️④継続的なフィードバック環境

継続的な評価とフィードバックを行うことでチームメンバーが自分の強みや弱みを理解し、向上心を持って取り組むことが可能になります。
継続的な評価とフィードバックの仕組みの構築には、定期的な目標設定、相互評価、具体的かつ建設的なフィードバックが重要です。
これらを実践することで、自律分散型組織の持続的な成長と進化が実現します。

▪️⑤組織文化の醸成と人材の育成

自律分散型組織では、組織文化の醸成と人材の育成が成功のカギとなります。
組織文化を築くために、価値観やVisionを共有する機会を多く提供することで、従業員が一致団結し、高いパフォーマンスを発揮できます。
人材の育成には、定期的なスキルアップやキャリア開発の機会、そして適切な評価制度を提供することが重要です。
組織の中でメンバーの自律性を高めるために、支持的な関わりを行えるリーダーシップを持つ人材を育成することで、文化の醸成につながります。

まとめ

本コラムでは看護師の就業環境を把握し、自律分散型組織を成功に導く5つのステップについてご紹介させていただきました。
次回は自律分散型組織として運営しているFootage訪問看護ステーションで実際に行っている施策の紹介などを行う予定です。

参考文献:
1)丸山一芳『起業プロセスにおける知識と組織の共進化 : Jリーグ ・アルビレックス新潟の事例研究』より.北陸先端科学技術大学院大学 知識科学研究科 博士論文,2014年, 3月,P40