今回のコラムでは、実際の臨床現場での経験に基づき、具体的な例を用いて臨床推論のプロセスを解説し、医療職の学習に役立つ方法を提案しています。
このアプローチにより、医療職が日常的に行うサービス提供のプロセスを客観的に観察し、医療職の学習ニーズをより明確にすることが可能です。
また、思考の枠組みを客観視することで、思考そのものの属人性から離れ、思考プロセスの改善を通じて実践的な知識の共有を促します。
これにより、在宅現場で活躍するスタッフが日々直面する課題に対する理解を深め、より効果的なサービス提供に繋げることを目的としています。

※本コラムを作成するにあたり、ヴェクソン医療看護出版から出版されている「看護学生のための臨床判断に必要な臨床推論」から大きな影響を受けています。
より詳細かつ正確な情報をご希望の場合は、当該書籍の購入を推奨します。

臨床推論(看護過程)とは

臨床推論とは医療職が日々実践していることで、その思考プロセスを客観視する機会は少ないかもしれませんが、何も特別なことを実践しているわけではなく、臨床判断を下すために体系化されたロジカルシンキングのプロセスそのものを指します。
一般的に臨床推論は、以下のプロセスに分割する事が出来ます。

  1. データから情報を読み取る、情報収集のプロセス
  2. 得られた情報を既存知と突合して分析する、アセスメントのプロセス
  3. アセスメント結果からケアの優先順位を判断するプロセス
  4. 実際にケアを提供するプロセス
  5. ケアの結果を評価するプロセス

以下で、これらについて記述していきます。

1.データから情報を読み取る、情報収集のプロセス

私たち医療職は、臨床において至る場面で情報収集という言葉を使いますが、多くの場合でデータと情報が区別されることはありません。
しかしここでは敢えてデータと情報を区別することで、医療職が無意識下で実践している情報収集のプロセスについて明らかにします。
まず、データの定義について以下に記載します。

それをもとにして、推理し結論を導き出す、または行動を決定するための事実。資料。
(Oxford Languagesの定義による)

つまり、データとは推論の中で仮定を立てる根拠となる事実・資料でしかありません。
例えば、私たちが常用する「患者Aの情報収集しておいて」という言葉の裏には「(患者Aにおいて顕在している、または潜在的な事象について、仮定を立てるために必要と思われる情報について)情報収集しておいて」という意味も内包しています。

この場合において、患者Aの採血データを無目的に眺めるだけではなく、患者Aに対して最善のケアを提供するために仮定を立てる必要があり、仮定を立てるために必要な患者Aの客観的なデータについて収集する事が求められます。
リハビリテーションを生業とする職種において評価が大切だと言われている背景には、患者の個別具体的な事象を評価することで、それらを客観的なデータとして活用する下地を整えているとも言えます。

2.得られた情報を既存知と突合して分析する、アセスメントのプロセス

ここでは得られた情報を元に分析し、仮説を構築するプロセスについて記述します。
私たち医療職は情報収集のプロセスにおいて得られた情報から、医学的かつ科学的な根拠を踏まえても客観的と見做されるような仮説を構築しています。
例えば、収縮期血圧125mmhgかつ拡張期血圧105mmhgの患者において、収縮期血圧は正常範囲内ですが、拡張期血圧は正常値を逸脱しています。
私たちはこのような場合において、拡張期血圧が高値である場合に考えられる以下のような疾患群を列挙し、他のデータを参考に、原因疾患を特定します。

拡張期血圧が高値の場合に疑われる疾患群の例

  • 心タンポナーデ
  • 収縮性心膜炎
  • 高度の大動脈弁狭窄
  • 動脈硬化による腎血管性高血圧 など

つまり臨床でのアセスメントプロセスでは、拡張期血圧が100mmhgを超えて異常な状態にあるという情報からあらゆる選択肢を考え、上述のような疾患群の可能性を仮定し、これらの仮定が正しいのか、間違っているのかを仮説を構築することで連続的に判断していると言えます。

またアセスメントプロセスにおいて医療職は自覚的か無自覚的かに関わらず、複数の思考方法を使い分けていますが、自覚的に思考方法を選択しているのか、無自覚的に特定の思考方法を活用しているのかでは大きな違いがあり、思考法による特徴を加味した上で「現在はどのような思考法が適しているか」を自覚的に選択することこそが、臨床推論を学ぶ意義とも言えます。

臨床推論における思考法とその特徴

  1. ヒューリスティック思考法
    必ずしも正しい答えではないが、経験や先入観によって直感的に、ある程度正解に近い答えを得ることができる思考法で、 「経験則」と同義
  2. 帰納法
    観察された事実やデータ等の具体的な事実から、一般的な法則を導き出す等、「特殊なケースから一般的な結論を推論する手法」で、 いわゆる「経験則」に基づいた推論や「統計的手法」に基づいた結論の導出
  3. 演繹法
    三段論法とも言われるもので、「ルール」(または一般論)と「観察事項」の2つの情報を関連付け、そこから結論を必然的に導き出す思考法
    Ex)A=BかつB=CならばA=C
  4. 徹底検証法
    仮定及び仮説の正誤について、客観的な事実や資料をもとに、しらみ潰しに検証する方法

例えば臨床年数の長い看護師が、観察されたある身体所見のみを元に原因疾患に関する仮定を立てた場合には、当該看護師はヒューリスティック思考法又は帰納法に基づいて臨床推論のプロセスを踏んでいることになります。
しかしこの場合の仮定について、仮定の本来の意味である暫定的な答えとして仮定を運用するのではなく、仮定を正しい答えだと断定してしまうことで、仮定の先にある本来の答えに辿り着く事が難しくなってしまいます。
これにより本来検証しなければならない大事なデータを発見する事が出来なくなってしまい、緊急度かつ重症度が高い事象に関しては致命的な判断ミスとなる可能性があります。
特に在宅においては、患者が急変した際に実施出来る処置や薬剤が病院と比較してかなり限定されます。

急変があった際に救急隊又は往診医に繋ぐまでの間に、その場の環境に合わせて適切な一次対応が可能かどうかや、日頃から急変のリスクを予測して予防的に関われているかどうかは、非常に大切な要素となります。
これらを判断する際にも、どのような思考法を用いているのかは、大きな影響を及ぼします。
思考法ごとの特徴を理解し、場面場面において使い分ける事が出来ると、適切に判断出来る可能性が高まります。

3.アセスメント結果からケアの優先順位を判断するプロセス

緊急度と重要度に着目して考えることで、ケアの優先順位を判断しやすくなります。
それらの関係性を整理すると、以下のように表す事が出来ます。

ケアの優先順位を判断する際の緊急度と重要度のマトリクス

一般的にはこのようなマトリクスを用いて表現することで事象の優先度を整理する事が可能ですが、それはあくまでも医療職が医学的根拠に基づいて優先度を判断する場合に限られます。
在宅においては以下のような事があり得ます。

  • 誤嚥のリスクがあるのは承知しているが、どうしても経口摂取したい
  • 内服が上手く出来ないことで出る影響について理解しているが、どうしても飲みたくない など

医学的根拠に基づけば優先順位の判断は明確であるにも関わらず、患者又は家族等の希望で優先順位が前後する場合です。
これらに関しても一旦マトリクスで整理するものの、実際に何を優先するかに関しては当人やケアチームで相談の上で、実際に提供するケアについて判断すると良いでしょう。また臨床倫理4分割法等を用いて、あらゆるステークホルダーの目線で、患者を取り巻く環境について概観してみても良いかもしれません。
但しこの場合において、医療職としての優先度判断に基づかないサービスを提供する場面も考えられ、その後のトラブルに発展する可能性がありますので、看護記録や看護計画等に優先順位を判断した根拠について明確に記載し、関連機関等と共有する事が望ましいと言えます。

4.実際にケアを提供するプロセス

当該プロセスにおいては、情報収集→アセスメント→ケアの優先順位の判断の結果に基づいて看護計画を立案し、実際にケア提供することとなります。
ケアを提供する中で新たな情報が出現する場合もありますが、その際に看護計画を更新するかどうかについては、緊急重要度の判断に基づくと良いでしょう。
また在宅での実際のケア提供において、患者の健康状態における緊急重要度の判断をする為に、毎回の訪問時に患者の健康状態をアセスメントする時間があると思いますが、そのような場面においても私たちは連続的に臨床推論を活用しています。
但し、訪問時間の全てを患者の健康状態を判断するための情報収集やアセスメントに当ててしまっては、生活を支える訪問看護の役割を果たせているとは言えません。

臨床推論に充てる時間は過不足なく(出来れば可能な限り短くスマートに)、残りの時間はケア提供や、患者及び家族のニーズを引き出したり、必要な社会資源をアセスメントするケアマネジメントの時間等に活用すると、訪問看護の本来的な役割を果たすことに繋がるかもしれません。当然、患者によっては医的管理を重視する関わりを求められることもありますが、いずれにしても重要な事は、どのような関わりをして欲しいのかは患者が決める事です。
自身が自負する医療職としての役割を遂行しながら、患者の希望に沿う事が出来るかどうかは、私たち医療職の引き出し次第と言えます。

5.ケアの結果を評価するプロセス

実際のケア提供の評価に繋がるような情報を収集し、看護計画の改善を図るプロセスです。
患者にとって最善のケア提供を模索するためには、常に患者の諸事情を反映した看護計画である必要があるため、ここでは敢えて本項を5番目のプロセスとして明記していますが、実際は1番の情報収集のプロセスから4番のケア提供のプロセスと同様の内容を実施することとなります。

臨床推論と学習の関係性

ここまで展開してきた臨床推論の概観を踏まえると、データを情報に変換する”気付き”のプロセスに、臨床推論の起点があると感じて頂けたと思います。
”あるデータ”を基準値や一般的な状態と照らし合わせた上で、そのデータに”違和感”を感じ、”情報”としてアセスメントに活用する事が出来なければ、臨床推論のスタートラインにすら立てないのです。
これには医学的根拠に基づく知識や経験を身につける必要がありますし、在宅分野に限って言えば生活を取り巻く法令や社会資源に至るまで、あらゆる知識・経験が必要となりますが、それらを一朝一夕で身に付けることは非常に困難です。従って、適度な自己学習も必要となりますし、組織的な学習ニーズが生まれることにもなります。

フッテージには共育研修費制度や給付型の奨学金制度、ラダーにおける事例検討、日々の申し送りやミーティング、勉強会や研修会等々、サービス提供を振り返る仕組みが用意されていますが、どのように活用するかについて臨床推論の概観を知っているかそうでないかでは大きな差が生まれます。
サービス提供において反省すべき事象があった場合に、個人の知識や経験に基づいたトラブルシューティングに留めるのではなく、思考過程そのものをメンバーで振り返ることでチームにおける看護展開の傾向を掴んだり、サービス品質向上の為にケア提供プロセスそのものについて見直してみるのも良いかもしれません。